Unity ECSの基本から実務での活用までやさしく解説

ゲーム開発

はじめに

皆さんはゲーム制作やシミュレーション開発で「多数のオブジェクトを効率的に扱いたい」と感じたことはないでしょうか。 Unityを使うと手軽に3Dや2Dのコンテンツを制作できますが、オブジェクトの数が増えるとパフォーマンスやメモリ使用量が気になり始めることがあります。 こうした課題を解決する方法のひとつが Unity ECS (Entity Component System) です。 Unity ECSは、「膨大なオブジェクトを扱う場面でも、シンプルかつ高パフォーマンスを実現する」という考え方を基礎にしています。 今までGameObjectに慣れ親しんだ人からすると、初めて聞く概念に戸惑うかもしれませんが、実は構造が明確でわかりやすい仕組みがあります。

ここでは、Unity ECSの基本や従来の開発手法との違いを丁寧に説明していきます。 具体例とともに実務で活用する場面も紹介しますので、皆さんが開発に取り入れるうえでのヒントになればうれしいです。

Unity ECSとは

Unity ECSは、 エンティティ (Entity) 、 コンポーネント (Component) 、 システム (System) という3つの要素で構成される仕組みです。 これまでのGameObjectやMonoBehaviourを中心とした作り方と大きく異なる点は、「データと処理を分離し、パフォーマンスと保守性を向上させる」ことを目指しているところにあります。

ECSの概要

ECSを一言で表すと、「データ指向の開発手法」といえるでしょう。 ゲームの状態やオブジェクトの情報をコンポーネントとして用意し、それらをまとめた存在がエンティティになります。 そして、エンティティやコンポーネントに対する振る舞いをシステムが担います。 この構造によって、それぞれの役割分担が明確になり、コードの見通しが良くなります。

さらに、データを扱うときにキャッシュ効率を高める工夫ができます。 実行速度を意識した設計がしやすいことも大きな魅力です。 複数のシステムが並行して動作する仕組みとも相性が良いため、大規模なシミュレーションにも適しています。

従来の開発手法との違い

従来のGameObjectやMonoBehaviourを使った開発では、シーン上に配置したオブジェクトにスクリプトをアタッチし、そこに振る舞いをまとめて書くことが多いのではないでしょうか。 この手法では、オブジェクト数が膨大になると、オブジェクトを横断的に管理するのが大変になりがちです。

一方で、ECSではオブジェクトに所属するデータをコンポーネントとして独立させ、さらに振る舞いをシステム側で集中管理します。 これにより、「似たような性質を持つオブジェクトを一括で制御する」という発想がしやすくなります。 結果として、ゲームロジックを整理しやすく、必要に応じて最適化を行ないやすい構造になります。

Unity ECSのメリット

Unity ECSを導入することで、皆さんが日々の開発で抱えがちな問題を解消できることがあります。 具体的には、メモリ管理とパフォーマンス、そして大規模プロジェクトへの対応が挙げられます。

メモリ効率

ECSでは、コンポーネントデータを連続的にメモリに配置する設計を取りやすいです。 そのため、CPUキャッシュが活用されやすくなり、結果として処理速度が向上する可能性があります。 データがバラバラに散らばっている場合と比べて、必要な情報に素早くアクセスできるのが利点です。

メモリ管理がシンプルになるため、スクリプト同士の依存関係も整理しやすくなります。 これによって、ゲーム全体で扱うオブジェクト数が増えても、コードが複雑になりにくいのが特徴です。

パフォーマンス

オブジェクト数が数百、数千と膨れあがってくると、シーンのアップデート処理が遅くなることを心配する人も多いのではないでしょうか。 ECSでは、同種のコンポーネントをまとめて処理することが基本方針なので、大量のオブジェクトを一括で扱うときに効率が上がります。 さらに、ジョブシステムを使うことで、マルチスレッドを積極的に活用できる構造が整っています。

大量のユニットが同時に移動や攻撃を行なうストラテジーゲームや、大規模な物理演算が求められるシミュレーションゲームなどで大きな効果が期待できます。

大規模プロジェクトでも扱いやすい構造

プロジェクトが大規模化すると、チームメンバー間で「どのスクリプトが何をしているのか」が分かりにくくなると感じるかもしれません。 ECSを使うと、コンポーネントとシステムの役割が明確に分けられるため、チーム開発でも見通しを立てやすくなります。

特に、更新処理の順序や依存関係を調整しやすくなり、コードの衝突や混乱を抑えることができます。 適切に設計すれば、新しい機能を追加するときも他の部分に影響が出にくくなるでしょう。

Unity ECSの基本要素

ECSには3つの基本要素があります。 ここで改めて、 エンティティ (Entities) 、 コンポーネント (Components) 、 システム (Systems) の役割を確認しておきましょう。

エンティティ(Entities)

エンティティは「ゲーム内に存在する要素」を指し示すものです。 ゲームキャラクターやアイテム、弾丸など、あらゆるオブジェクトがエンティティになります。 ただし、エンティティ自体には実装コードやロジックを持ちません。

エンティティはIDのような存在と考えられます。 実際の状態(位置や速度、見た目など)はコンポーネントが管理するため、エンティティは「何かを識別するための器」に近いイメージです。

コンポーネント(Components)

コンポーネントはエンティティが持つデータのまとまりです。 たとえば「Transform」のように位置や回転情報を持つコンポーネントや、「Health」のように体力値を管理するコンポーネントが挙げられます。

これは従来のUnityでいうところの「MonoBehaviour」ではなく、「純粋にデータだけを保持する構造体」のような感覚です。 コンポーネントはロジックをほとんど含まないため、データに対して処理を行なう部分は後述のシステムで管理します。

システム(Systems)

システムは、特定のコンポーネント群に対して一括で処理を行なう役割を担います。 たとえば「すべてのエンティティのTransformを参照して移動を計算するシステム」というように、目的別にシステムを設計できます。

このように、「データを持つコンポーネント」と「処理を行なうシステム」を分離することで、コードがシンプルになりやすいです。 また、同じコンポーネントを扱うシステム同士で処理の連携や依存関係を設定しやすくなります。

Unity ECSの実務的な活用シーン

ECSが役立つのは、単にオブジェクトが多いゲームだけではありません。 用途次第で幅広いシーンに活用できます。

大量のオブジェクト管理

シューティングゲームやRPGなどで、弾丸や敵キャラクターが画面に大量に登場する場面があります。 従来のGameObjectベースでも実装できますが、更新処理が複雑になりやすいです。

ECSなら、敵キャラクターの移動処理や弾丸の制御を「一括で」管理しやすくなります。 さらに、不要になったエンティティをまとめて削除するといった操作も、コンポーネントをもとにシステムで制御できるため、ミスが起こりにくいでしょう。

AIやシミュレーション

シミュレーション系のゲームやAI処理では、多くのエージェント(NPCなど)が同時に行動するケースが考えられます。 これらのエージェントは位置情報や行動状態など、似たようなデータ構造を持っていることが多いです。

ECSを使うと、エンティティ群に対してAIの判断ロジックをまとめて適用できます。 さらに、並列化がしやすいので、CPUリソースを有効に使うことが期待できます。

ネットワーク同期

オンラインゲームやマルチプレイのアプリを作るときには、ネットワーク越しに状態を同期させることが重要ですね。 ECSでは、コンポーネントを通じてゲームの状態を一元的に把握できるため、ネットワークに送受信するデータ構造を管理しやすくなります。

また、サーバー側とクライアント側のコードを似たような形で書きやすく、保守コストを下げやすいのもメリットです。 多数のプレイヤーが同時に接続する大規模な環境でも役立つでしょう。

簡単なサンプルコード

ここでは、シンプルなサンプルとして「エンティティの位置を更新するシステム」を考えてみます。 プロジェクトを新規作成してECS関連パッケージを導入したうえで、以下のようなコンポーネントとシステムを設定するとイメージがつかみやすいでしょう。

サンプルで使う準備

UnityのPackage ManagerからECSやEntities関連のパッケージを有効にしておく必要があります。 有効化したら、Scriptsフォルダなどを作り、以下のコードを配置してみてください。 ただし、実行環境によってはECS関連のAPIが変わることもあるため、最新のUnity公式ドキュメントを確認すると安心ですね。

コンポーネントの作成

using Unity.Entities;
using Unity.Mathematics;

public struct MoveSpeed : IComponentData
{
    public float Value;
}

public struct PositionData : IComponentData
{
    public float3 Value;
}

ここでは、MoveSpeed コンポーネントがエンティティの移動速度を、PositionData コンポーネントがエンティティの座標をそれぞれ表しています。 どちらも IComponentData を実装しており、クラスではなく構造体でデータを定義している点がポイントです。

システムの作成

using Unity.Burst;
using Unity.Entities;
using Unity.Collections;
using Unity.Jobs;
using Unity.Mathematics;

[BurstCompile]
public partial struct MovementSystem : ISystem
{
    public void OnCreate(ref SystemState state)
    {
    }

    public void OnUpdate(ref SystemState state)
    {
        float deltaTime = SystemAPI.Time.DeltaTime;

        foreach (var (moveSpeed, positionData)
                 in SystemAPI.Query<RefRW<MoveSpeed>, RefRW<PositionData>>())
        {
            positionData.ValueRW.Value +=
                new float3(0, moveSpeed.Value * deltaTime, 0);
        }
    }

    public void OnDestroy(ref SystemState state)
    {
    }
}

このシステムは、MoveSpeedPositionData を両方持つエンティティを対象に、Y軸方向へ移動させます。 SystemAPI.Query<T> で複数のコンポーネントをまとめて取得し、それらを用いてロジックを実行しています。 これによって、同じ種類のエンティティを一括で更新する考え方がわかりやすくなるでしょう。

システム自体は IJobEntity などを使う方法もありますが、ここではシンプルな記述にとどめました。 コード全体が整理されるメリットは、オブジェクトが増えるほど実感しやすいかもしれません。

開発フローの例

実際の開発現場では、ECSを使うときにどのような流れでプロジェクトを進めるでしょうか。 ここでは一例として、プロジェクト設定からデバッグまでを簡単にまとめます。

プロジェクト設定

最初にECS用のパッケージをPackage Managerで追加し、プロジェクト内のスクリプトフォルダを整理しておきます。 システムごとにフォルダを分けるなど、用途別にわかりやすいディレクトリ構成にすると後から見直しやすくなります。

ECSを本格的に使うならば、DOTS(Data-Oriented Technology Stack)関連のジョブシステムやBurst Compilerの設定も合わせて確認するのがおすすめです。 これにより、マルチスレッドを使った並列処理や、コンパイラによる高速化が期待できます。

データ管理

エンティティごとに必要なコンポーネントを設計する段階が、ECS開発で重要になります。 シーンに存在するどんな情報を扱うのか、どのようなデータ構造が最適なのかを検討しましょう。

たとえば「移動」に関するシステムだけで完結しないゲームは多いですよね。 攻撃やダメージ判定など、各種ロジックが絡み合う場合にはコンポーネント名やフィールドを見直すことで、複雑さを減らせるケースがあります。

デバッグとテスト

ECSは従来のGameObjectベースと開発の流れが異なる部分があります。 そのため、シーンビューやデバッガー上で「エンティティの状態をどう可視化するか」を工夫すると良いでしょう。

システム単位のテストや、特定のコンポーネントを持つエンティティだけをピックアップして挙動を見るなど、細かく検証を行なうとトラブルを防ぎやすいです。 特に大規模シミュレーションになると、事前にテスト環境で動作を細かくチェックすることが開発効率を高めるポイントになります。

開発での注意点

ECSは高い拡張性とパフォーマンスを目指していますが、いくつか気をつけたい点もあります。 コンポーネントが増えすぎると、かえって構成が複雑になる可能性があります。 必要以上にコンポーネントを細分化しないように、設計時には作りたい機能をしっかりイメージすることが大切です。

マルチスレッドやジョブシステムを利用する際には、共有データの扱い方に気をつけましょう。 競合状態や意図しないデータの上書きが起きると、バグの原因となります。

また、ECSは従来のGameObject方式と切り替えながら利用できるケースもあるため、移行を段階的に行なう選択肢を考えることもできます。 プロジェクト全体をいっぺんにECS化しようとすると、学習コストが高まるかもしれません。

まとめ

ここまで、Unity ECS の基本的な考え方からメリット、そして実務での活用シーンや簡単なサンプルコードまで解説してきました。 ECSは「データと処理を切り離す」ことで、設計のわかりやすさと処理速度の向上を両立する方法を提供してくれます。

特に、大量のオブジェクトを扱うゲームや複雑なシミュレーションにおいて、ECSは有用です。 エンティティをIDとしてとらえ、コンポーネントにデータを集約し、システムで一括処理するという流れは、大規模プロジェクトほど恩恵を感じやすいでしょう。

実際には従来のやり方と併用することも可能です。 まずは小さなプロジェクトでECSに触れ、コンポーネントやシステムの設計手法に慣れ親しむところから始めてみるのはいかがでしょうか。

これを機に、皆さんのゲーム開発やシミュレーション開発がよりスムーズに進むことを願っています。 ECSを導入することで、扱うデータの見通しがさらに良くなり、アイデアを形にしやすい環境が整うかもしれませんね。

Unityをマスターしよう

この記事で学んだUnityの知識をさらに伸ばしませんか?
Udemyには、現場ですぐ使えるスキルを身につけられる実践的な講座が揃っています。